2019-10-17

『Dear Esther』を日本語訳してみる:その1

text key="jettya"

親愛なるエスターへ。

私は時々感じるのだ。


まるで私がこの島を

生み出したかのような感覚を。

世界の何処か遠くで裂け目が生まれ、
そして、それがここに流れ着いた。

とは言え、
どんなに考えてみても、
奇妙な点が湧き上がってくる。

全ての仮設を否定する。
こんな事は初めてだ。

絶望に満たされる中、
新しい思考に多少なりとも

近づけるよう、

私はここに戻るたび、
新たな記録を残すことにしている。
Dear Esther.

I sometimes feel as if I’ve given birth to this island.

Somewhere, between the longitude and latitude a split opened up and it beached remotely here.

No matter how hard I correlate, 
it remains a singularity, an alpha point in my life that refuses all hypothesis. 

I return each time leaving fresh markers that I hope, 
in the full glare of my hopelessness, will have blossomed into fresh insight in the interim.

text key= "jettyb"

親愛なるエスターへ。

ここにカモメはもう降りてこない。

今年、その事に気づいたのだが、
この場所をどうやら避けているようだ。

おそらく、
漁場が枯渇したのだろうが、

ひょっとすると、
私のせいかも知れない。

ドネリーが初めてこの島に降り立った時、
彼はこのように書いている。

家畜は弱々しく、
また、それらの羊飼い達も
ヘブリディーズ諸島に入植した中で
最貧民であった、と。

それから300年が経ち、
彼らでさえ、もう居ない。

Dear Esther.

The gulls do not land here anymore; 
I’ve noticed that this year they seem to have shunned this place. 

Perhaps it’s the depletion of the fishing stock driving them away.

Perhaps it’s me.

When he first landed here, 
Donnelly wrote that the herds were sickly and their shepherds the lowest of the miserable classes that populate these Hebridean islands. 

Three hundred years later, 
even they have departed.

text key="jettyc"

親愛なるエスターへ。

どれぐらいの時間、
ここに居るのか、
もう何回訪問したのか、
もう分からなくなってしまった。

今となってはもう、
身近に感じてしまう各々の場所を

私は目の前に姿形が現れたかのように
思い浮かべられるほどになっている。

目を閉じていても、
足を踏み外し、
海に滑り落ちる恐怖を感じずに
これら岩壁の先まで行けるぐらいに。

むしろ、大切なのは、
落ちる時にこそ、
目はしっかりと見開く事だと
思っている。
Dear Esther.

I have lost track of how long I have been here, 
and how many visits I have made overall. 

Certainly, the landmarks are now so familiar to me that I have to remind myself to actually see the forms and shapes in front of me.

I could stumble blind across these rocks, 
the edges of these precipices, without fear of missing my step and plummeting down to sea. 

Besides, I have always considered that if one is to fall, 
it is critical to keep one’s eyes firmly open.

text key="jettyd"

親愛なるエスターへ。

私が岸に流れ着いた朝、

耳には潮が、口には砂が、そして、
足首には絶え間なく押し寄せる波。

まるで全てが先の難破を
仕向けたかのように感じた。

水、靴と服の中の砂利、
そんな事しかしか覚えていない。

何事にも、
無関心な生き物たちが泳ぐ場所に

引きずり込まれるかのようだった。
Dear Esther.

The morning after I was washed ashore, 
salt in my ears, sand in my mouth and the waves always at my ankles, I felt as though everything had conspired to this one last shipwreck.

I remembered nothing but water, stones in my belly and my shoes threatening to drag me under to where only the most listless of creatures swim.

『Dear Esther』を日本語訳してみる:その0

それに至るまで

PSストアのセールの時に、以前から気になっていた『Flowery』と合わせて、そんなに思い入れ無く、『Everybody’s Gone to The Rapture』を購入したら、これが思いの外、刺さる内容で、いたく気に入ってしまった。それで、同じ開発会社の作品であり、ウォーキングシミュレータの走りとも言われる『Dear Esther』にも興味を持った。これにはPS4版もあるようだが、海外のみの配信のようで、日本ではPC版を対象としないといけないみたい。ただ、スチームで配信されているものは日本語対応されておらず、見送りかな…、と思いつつ、「日本語」を追加して検索すると、有志の翻訳MOD的なものが見つかった。これで日本語で遊べるなと、スチームのセールを待った。

もともとそんなに高くないものだが、セールで250円ほど。日本語化をしようとしたところで、うん?となる。どうやら現状、入手出来る翻訳ファイルは、旧バージョンへ対応したもので、記載された手順では、現状の『Landmark edition』には使えなかった。だめなのか…、と、もう少し調べてみると、やはりそうだった。合わせて、少し前まではPlayism版というのが配信されていて、しかし、今はなぜか配信が停止されていることも分かった。

そんな中、というか、読み逃していただけの事だけど、Landmark Editionは字幕用のXMLファイルを直接編集すれば、簡単に日本語対応できることが分かった。ならば、旧版の日本語ファイルの内容をこのXMLファイルに書き込んじゃえば、いけるな、と。で、まずはガチャガチャと英語字幕を日本語に置き換えてみる。ゲームを起動すると、上手く日本語の字幕が表示されたのだけど、2つ不満があった。

一つは、字幕を読み切る前に自動的に消えてしまう事。字幕としてはそれなりに長い文章が、ゲーム中、一画面で表示される。改行なんかの文章成形はないので、読みにくく、また、文章の内容自体も分かりにくい。なもんで、読んでいる途中、最後まで読み切る前に消えてしまう。

この改行問題に関しては、XMLファイル内で改行コードが上手く反映されればうまくいくんじゃないかと考え、エスケープシーケンスとか調べて(\nではダメだったけど…)、いろいろやって、結果、単純にXMLファイルをテキストエディタで開いて、その中で改行すれば、ゲーム画面にも反映され、加えて、ウィンドウ内に表示出来ないほど縦長になった場合も、文章がいい感じに自動スクロールしてくれる事が確認できた。これで一つ目の不満点は解消されそうだ。

二つ目の不満点は、というか、これが本丸なのだけど、日本語の内容が非常に分かりずらい事。『Everybody's…』の場合も、論理的/順序だったセリフや構成ではなく、分かりずらさは持っていた。けれど、それは雰囲気を作るための詩的/抒情的な表現であり、情景が具体的に頭に作れないまでも、(吹替えだからなおさら)雰囲気は非常に強く伝わってきた。今回のゲームの場合、そういう分かりずらさ以前の日本語の問題に思えた。よくある翻訳調の文章というやつに感じられたので、原文はどんな感じになっているんだろうと、興味本位で覗いてみたところ、意味を反対にとっているような明らかな誤訳がいくつか目に入ってきた。

もともとの英文自体が意味を取りずらい難しい文章らしいので、仕方ないのかもしれないけれど、こうなってくると、せっかく置き換えて作った字幕ファイルもゲーム体験に対して、意味を持たなくなる。

だから、だけど

この時点で、ゲーム自体は殆ど進めておらず、字幕の表示確認ぐらいだった。たかが250円、されど250円。折角だから、自分の納得いく字幕でゲームやってみようかと、日本語への置き換えを始めてみた。

いでよ、グーグル翻訳、いでよ、英辞郎、と、辞書引き引きな日本人の典型的なスタイルで、チクチクと置き換え中。前述しているように、なるほど、これは分かりずらい。文意をくみ取ることが上手く出来ないし、そして、本来の英文の雰囲気を残したまま、日本語にするのも骨が折れる。そもそも、この英語が使えない人間がよくもまあ、こんなことをやろうとしたものだ。自らネタバレしていることにもなるし。

でも、ま、旧版の翻訳よりも内容を深くを理解出来てきているし、自分なりに自己満足だけど、上手く日本語に置き換えられた時には、パズルを解いたような快感もあるし、とりあえず、1日数パラグラフのペースで進めている。

個人の楽しみとして、内々に留めておいても、というか、そもそも、そのつもりで始めたのだけど、折角だし、誰かの役に立つかも知れないし、間違いの指摘も貰えるかも知れないし。進めるためのモチベーションというか、外圧というか、逃避というか。まだまだ時間はかかりそうだけど、出来た分を小出しにしていこうかな、と考えている。

最終的には、XMLファイルにまとまっちゃうのだけど、それについては、どうするか判断保留中。とりあえず、英文の全スクリプトは公開されているし、それを翻訳している、っている体で。

はてさて、完走できるのか…。

2019/11/28追記
取り敢えず、完走はした。
まとめページ




         

2011-07-03

インタラクティブ3Dエフェクトライブを観てきた
#SonyGenki

水口哲也さんのツイートを見かけて、買い物のついでに観てこようと思い立つ。

国内初”参加型3Dライブ”開催 インタラクティブ3Dエフェクトライブ

水口さん自身がツイートされていたライブだけではなく、
夕方ぐらいまで、同じスペースで元気ロケッツの3DPVの映像上映もあるとの事。
以前にも六本木で3Dのライブがあって、気にはなりつつも残念ながら行けなかった。
で、今回、期待をして覗いてみた。

3DPVについて

20分構成の映像をループで流していて、時間的に最後のループに何とか間に合う。
会場は200インチの画面、表面光沢有り。
席数、ざっと100人ぐらい入れる程度か。
受付でステレオメガネを借りる。おそらく一番簡易な偏光ガラス方式かな。
お客さんは数人。ちょっと寂しい。

映像は、暗さをそんなに感じることなく、奥行きと飛び出しを感じる。
ん、想定範囲の3D 映像。綺麗であるが、おぉ!!という感じは無かった。

『アバター』を観たときにも感じたことだけど、やはり、映像の枠があると、
十分な立体感が感じられない。奥行き方向には、画面の向こうに空間があると感じられるのだけど、手前に飛び出す場合は、枠で映像が切れてしまい、不自然なぶつ切りになってしまう。

こういう不自然さがあると、没入感が削がれてしまう。
一番前で映像の枠がない状態でみるのが一番よいのかも。

ライブについて

ライブ開始まで少し買い物や食事をして時間をつぶす。
開場時間少し過ぎたぐらいに会場入り。
思っていた以上に人が入っている。最終的には立ち見もいた模様。
受付にて、今回はメガネとケミカルライトを借りる。
このライトを振って何かするらしい。

会場の様子が映像をして画面に映し出されている。
ケミカルライトを動かしてみよう、的なコメントと
ハッシュタグが画面に表示されている。
通常のカメラを使っているようで、少し暗い会場では、
ぼやけた人物像と目立つケミカルライトの映像。
ライトを振ると、映像にエフェクトがかかって表示される。輝度での判断かと思いきや、
会場に入ってきた人自体にもエフェクト掛かっている。他にも気づいた人がハンカチをバタバタしていたが、それにも反応していた、おそらくは映像変化の速度とか、オプティカルフローとか、そういう情報を使っていそう。
少し処理が重いのか、実際の動作と映像のエフェクトにタイムラグがある。

ライブ開始。
宇宙服の人が登場、中身は水口さんか、と思いつつ。
宇宙服の人会場を盛り上げに係る。
映像、会場の様子を映しだし、ケミカルライトの動きにエフェクトがつく。
宇宙服の人、DJブースへ移動。
女性ダンサー登場。映像、元気ロケッツのPVになる。
メイン画面の左右、タイミングを合せて、インタラクティブフェーズの表示。
会場の”動き”に合せてのイフェクト映像だけど、数がそこそこ多いののと、
タイムラグで、自分の動きと映像が一致できない。
途中、ダンサー中央に移動し、持っているライトで画面にエフェクトを表示させつつ、
ダンス。しかし、ここでもタイムラグ。ちょっと残念。エフェクト自体も少し地味か。
あと、ダンサーが中央に寄ることで、画面からの3D視覚情報と現物の視覚情報が重なる。
そうすると、新たな”枠”が出来てしまって、画面からの3D情報が不自然になってしまった。
ステレオ視を使ったライブはまだ少し考える余地がありそう。

途中、空を飛ぶシーンと共に前方から風。これは少し面白い。

常にインタラクティブに何か出来るというわけではなく、
インタラクティブモードへの切り替えがあって、
その切替をサブ画面でアナウンスしているのだけど、
この方法は、悪くはないけども、今は違うの?ってなると多少冷めるように思う。

音も少し割れていたか。総じて、少し残念な感想。

映像ベースのライブであれば、予算的にも差はあるだろうけども、恵比寿ガーデンプレイスでの池田亮司さんのライブの強度、初音ミク2010の存在感、にはちょっと及ばないかな。

3Dの映画やテレビが出ているけども、
単なる映像としてのみ多少残るかなという程度じゃないかと。
特に、ライブや舞台なんかへの適用は、上手くやらないと手間の割に逆効果になるような。

インタラクティブ性についても、今回は実験的な意味合いが多いのだろうけど、
インタラクティブに観客がどうライブに参加するのか、
単に映像に投影されるだけでなく、そういう所の詰めが今後必要なのかな。
あと、タイムラグはどうにかしないと、
ゲームでもレスポンスが悪いと、イライラしちゃうし。
それに一体感がなくなってしまう。

新しい映像技術を使うなら、ライブプロジェクションの方が、ライブや、そういう系統への導入は進むように思う。

お客はわがままだから、こんな感想を
担当者の苦労なんて知ったこっちゃない、って書いちゃうわけだけど。

でも、こういうチャレンジングな企画をどんどんやって、
良いところは伸ばしていって、改善すべきは直していく。
これぐらいの規模であれば、色々と試せるだろうし、
今後もこういう企画は期待。

今回も駄文をば、失礼。



     

2011-04-09

X06HT系 desire のメーカー修理時の代替機について:
確認できた都内ソフトバンクショップ

X06HT2 desireのカメラが故障した模様。カメラの起動をかけても画面が暗いまま、QRコードアプリもカメラの起動に失敗し、ハードチェックアプリも強制終了。

そして、カメラの起動を一度かけてしまうと、アンドロイドの再起動をかけないと、バッテリーの減りが通常よりも異常な速度で(2時間でぐらいで)アウトになる。おそらく、カメラを探しにいってループ処理か何かでずっと裏で動いているプログラムがあるんじゃ無いだろうか。

この症状が出る前から少しおかしな症状が出ていた。特定の操作をしたという訳ではないのに、不意にフラッシュが光ることが度々あった。一日に2,3度はあったように思う。それが何か影響していたのかは不明だけど、そのフラッシュの症状が出だしてから、1ヶ月か2ヶ月が経ってのカメラの故障。

で、修理にだそうと思ったわけですが、そこからが少し大変。
修理自体は特に問題がないのだけど、修理に出している期間の代替機が問題。

・X06HTはSIMカードが通常の携帯電話と同じ形式であり、この機種以降に発売されたスマートフォンには対応していない。

・代替機として使えるのは、通常の携帯電話になる。

・(最終的に確認していないけど)スマートフォンで携帯SIMカードが対応しているものはウィンドウズモバイル機になってしまう。

ということで、代替機として、スマートフォンで、アンドロイド機となると、同じX06HT2かX06HTを代替機として置いているお店でないと、修理を出しても、その間の代替機は通常の携帯電話になるわけです。

修理期間が2~3週間と聞いていて、また、地震の影響もあるかも知れない、との事で、1ヶ月は最悪代替機で過ごさないといけないと考えると、通常の携帯では何かと不便だろうなと思って、X06HT系が代替機として置いてある他のお店を教えてもらおうと聞いてみた。

まず、ソフトバンクショップの人は、各店舗での管理で、代替機の在庫状況ネットワークのようなものはない。各お店に確認して下さい、とのこと。

また、サポートダイヤルでは同じく、そのようなネットワークはなく、加えて、このサポートダイヤルでも各お店に確認することは出来ないので、ご自身で確認して下さい、とのこと。サポートダイヤルにはあまり期待していなかったので、想定通りの回答。

で、最初に修理に持ち込んだお店の人から紹介してもらった表参道店、渋谷店、八重洲中央口店に確認するも、代替機の準備はないとのこと。

では、と、近場のお店から電話をしていく。

代替機の確認作業を始めた時は、こちらの説明が洗練出来ていないくて、
無駄足になったことは2度ほどあった。

一つは、SIMカードの対応のこと。
電話で機種と故障の説明をしただけだったので、電話口でリブロが代替機として準備出来ますとのこと。若干の不安の感じたけどもしっかりと事前調査せずにお店に行って、色々と事務処理を終えて、代替機の調整をしている段階で、SIMカード未対応発覚。お店の人の時間が一瞬止まっていた。

もう一つは、desireという名前。
当初、電話口では「desire」と機種名を言っていて、ありますよ~、っていうので、行ってみたら、「HDでした…」というオチ。こちらもお店の人の時間がしばし止まる。

という経験を経て、電話での説明も洗練されていく。

後、「無い」という回答のお店でも、そもそも代替機としてこの機種がないのか、それとも、代替機としてあるけども、今外に出ていて、現状無いのか、以下、確認をとったお店を載せていますが、この二つがゴチャゴチャしていて、無いとしているお店も実は外に出ているだけ、という所もあるやも知れません。その点はご了承を。

色々と苦労したので、前置きが長くなりましたが、
取りあえず、以下、確認をとったお店です。

2011年3月上旬の状況ですので、在庫状況替わっているかも知れません。
重ねてご了承を。

代替機としてキープしているお店

ヨドバシAKIBA
池袋サンシャインシティ
池袋西口
池袋東口
大塚

ありますよ~、との回答だったけど、外に出ていて持ち込まず。
ひょっとすると「HD」かも知れないけど、ちょっと期待したいお店。

浅草

以下、無駄足になったお店も含めて、
代替機の準備がないお店

江戸川区、江東区、墨田区、葛飾区
青戸
押上
金町
亀有
亀戸
錦糸町
京成立石
小岩
新小岩

足立区、北区、荒川区、台東区、文京区
上野
上野広小路
上野浅草通り
田原町

豊島区、板橋区
池袋北口

千代田区、中央区、港区
石丸アキバ
石丸電気本店
市ヶ谷
日本橋
八重洲中央口
六本木

渋谷区、新宿区
表参道
渋谷
新宿
新宿センタービル
新宿西口
新宿東口中央通り
新宿南口

電話口のお店の人の話だと、この機種は故障が少ないらしく(もともと出ている数も少ないらしいですが…)。最終的に修理をお願いしたお店でも、「始めてです」とのこと。OSのアップデートもされていない状態でした。

でも、X06HTが発売されて大分経つので、故障してしまった方もいらっしゃると思います。
また、修理の期間中、通常の携帯に戻ってストレスフルな方もツイッターで見かけました。
そんな方の参考になれば、幸いです。



        

        

2011-03-11

イデビアン・クルー:アレルギーを観て思ったことなど
@新国立劇場 3/10

以前、NHKで見かけた『排気口』で興味を持ち、最近では新ヘパリーゼのCMで、おっ、と思った井手茂太率いるイデビアン・クルーの新作『アレルギー』を観てきました。

井手茂太の振付と動き
一見すると普通の小太りなおっさんに見えてしまう井手茂太さんですが、上記のCMでも分かるように、動きにめちゃめちゃキレがあります。そして、その動きの感覚からくる振付も、一見で井出振付と分かることが多いように思います。見ていてて気持ちのいい個性を持たれたダンサーです。

コンテンポラリーダンスで良く名前を聞く方でも、観ている側とすると、やはり、好みの動きがあって、観ていて気持ちの良い方、ちょっと違うかな、と感じる方、と分かれます。井出さんは、振付、動きのキレ共に、好みの部類に入ります。それと、後述する音楽の感覚も他とちょっと違って、イイ感じです。

今回の公演を見ながら、この人の個性はどこから来るのかな、と考えみたのですが、次の四つかな、と思いました。

・ムチの様にしなる四肢
・頭ののけぞり
・体幹の安定性と存在感
・クイックのかかった細かな動き

一つ目の四肢の動きが一番目につきやすい特徴なのですが、脱力した柔らかく、しかし、指先まで神経の行き届いたような動き。剛体ではなく、柔軟なヒモやムチのようなしなりを感じる動き。ゆらゆらとした四肢の動きと、それに加えて、スウェーバックのような上半身や頭ののけぞり。しっかりとした体幹を軸に、そこから伸びた腕、脚、首が柔軟に動く。特に、井出さんの場合は、体型的にも体幹の存在感が大きいので、特に、四肢や頭部の動きが強調されているのかも知れません。他の女性ダンサーと比べると、体型効果は大きいように感じました。また、そんな柔軟で柔らかい印象を持つ動きに、細かなクイックの効いた動きが要所で入ってきます。しなやかなだけでない、スピード感がこれで生まれるように思います。

音楽
動き自体も素晴らしいのですが、演出として選択されている音楽もまた、個性を感じます。『排気口』をTVで観た時、フックになったのが音楽でした。今までに聞いたことのある部類から少し離れるような感じ。メロディというよりも、リズムを中心に、しかし、聴き慣れた組合せの音ではなく、どこか違和感を感じる組合せ。その違和感は、不和ではなく、新しい発見のような心地良さ。似ている他の音楽が上手く出てこないのですが、映画『アキラ』の音楽がそれに近いかも知れません。

音楽としてのクレジットがなく、音響の島武さんという方が担当されているのかも知れませんが、この音楽はかなり好みです。今、『排気口』を後ろで流しながら、これを書いているのですが、スティーブ・ライヒのようにも聞こえますね。メロディではなく、リズムに重きをおいた音楽がほとんどなので、音楽を聞いているだけでも上がってきます。加えて、単に聴き慣れた音ではないので、新鮮さもあり、サントラがほしいです。

音楽にリップシンクロした動きも多数あって、そのシンクロ感が気持ちいいのですが、やっぱり音楽先行での振付なのか、それにしては、音楽が個性的なので、同時に創っているのか、どういう流れの制作になっているのか、興味が湧きます。

日本的な何か
音楽や動きは現代的なのですが、要所々々に日本的なものが出てきます。今回の舞台美術は、畳に太い竹が周囲に数本とシンプルなものなのですが、会場に入ってすぐ、眼に入るこの美術は誰でもが日本的な何かを感じるはずです。他、和装の女性(要注目!)、終盤のボンボリ、サクラなど。日本的なものに対しての意識が作品創りに多少ならず入っているのかな、と感じます。そういう視点で振付をみると、日本舞踊や盆踊り、阿波踊りのような四肢の動きに見えなくもないです。日本舞踊に関してはTVか何かで、そのようなコメントを聞いたような記憶があります。違ったかな。

たまに場末的な雰囲気も
演歌風味な歌謡曲といいましょうか、場末なカラオケスナックな空気、ちょい古めの昼ドラ、そんなキーワードが浮かぶ場面が幾つかありました。あえてはずす、こういう演出は他にもたまに見かけますが、ちょうどいい感じのバランスとセンスで、ダサかっこ良いです。

意味性と抽象と
ダンスと演劇の関係は、抽象画と具象画の関係だと考えています。ダンス作品を作るためには何がしかのモチーフがあるでしょうし、今回の『アレルギー』に対しても、そのタイトルが発想の元になっているはずです。観ている側とすると、個々の振付やシーンの中に何がしかの意味を探してしまいます。数分の短い作品なら、そういう事があまり考えない事も多いのですが、長い作品になってくると、全体を通しての意味生をどうしても考えてしまいます。あのシーンの意味は、この動作の意味は、という感じで。今回も、全体を鑑賞終わって、振り返ると、アレルギー:拒絶反応、ということで、拒絶を感じる動きやシーンが多く見られました。中にはユーモラスなものあったり、日常的なさりげない動きであったり。ただ、そういった分かりやすいものだけなく、抽象度が高く、うん…?となるシーンも。そういうシーンに対して、無い頭でうんうんと考えるのも一つの楽しみではありますが。

冒頭とシーンの切り替えで毎回登場する3人組のマスクの意味は?、登場人物の人間関係は?、で、結局誰と誰が関係を持っているのか?、拒絶と受容、人間ですから時間と共に変化する感情。そういうものもあったように感じました。今回の作品、人間関係を追って図示してから見ると、また違った見え方出来るかも知れません。

総じての感想
少し中盤ダレる感じのシーンがあったり、終盤のフェードアウト的なシメには、もったいない印象を持ちましたが、振付やダンサーの動きのキレ、音楽、個々の演出と総じて、カッコイイですし、所々くすりとなる楽しい場面もあります。少しですが、井出さんのソロっぽいシーンもあります。まさに、動きの切れる小太りですw。初めての生イデビアンでしたが、個性的な作品に満足しました。当日券もあるっぽかったので、興味のある方は是非。

また、だらだらと駄文をば失礼。


追記:2011年3月12日

2011年3月11日の地震の影響で11日と12日の公演が中止になったもよう。
払い戻しもあるようなので、対象者はおっての続報を確認して下さい。

【重要なお知らせ】本日の公演の中止について|ニュース|新国立劇場

【重要なお知らせ】本日12日(土)の公演の中止について|ニュース|新国立劇場

2011-01-22

自民党の政策ワークショップを覗いてきた。

導入

石破さんのブログにて、政策ワークショップなるものが開催されると知って、
興味本位で覗いてきました。

と言っても、政策に対してというよりも
焼きそばとか、カレーとか、屋台を石破さんや谷垣さんが出すというので、
お昼ご飯を頂くオプションで、握手でもしてもらおうと言う感じの軽い気分でした。
あとは、ワークショプの中に「大学教育の今後を考える」というのがあって、
少しは参加出来るかなとも思いました。他は雰囲気を見て判断。

屋台にて

開始時間とされていた時間よりも20分ぐらい遅れて、
自民党本部に到着。すでに、報道関係のカメラが多数テントの前に陣取っている。
石破さんがカレーかな?を配っている。いきなりの大物に少し驚く。
しばらく周囲の様子を見る。
区民運動会に使うようなテントが4つ。2つづつ並んで駐車場に設置されている。
2つはお店用、残りは休憩用。
休憩用には机、椅子、机の上にはアルコールもあって、ちゃんとしているなぁと関心。
また、ゴミ箱も定期的に回収されているようで、溢れていることはありませんでした。

さて、お店。
カレー、おでん、焼きそば、お好み焼き、というのは、事前に聞いていたのですが、
石破さんにカレーもらおうと並んでいると、鯨のハリハリを配っている。
ほほぉ、と、チクリとした牽制にニヤリとしました。
そうこうしていると、谷垣さん登場。人だかりとカメラと「ガッキー」という黄色い声が飛ぶ。
年配の女性の方がカメラを片手に結構いる。
鯨のハリハリを食べながら、その人だかりを観察する。
「報道機関の方は、お客さんに場所を開けてください~」との声も上がる。
カメラの人達が陣取って、中には仲な入っていけない様子。でも、
行列が形成されている訳でもない。
鯨を食べ終わったので、よし、と谷垣焼きそばをもらいに行く。
すんなりと、すぐに貰える位置に。谷垣さんに握手してもらって、
焼きそばをもらう。カメラに写ってしまったかも知れない。

カメラの人達が動き出す。見返すと、テレビで見かけたことのある顔がチラホラ。
一般?のお客さんも群がる。
僕はすきを見て、食べ物をもらっていく。
意外にしっかいとしたもので、美味しくいただきました。
石破さんや谷垣さんなど、テレビで見かけた顔の人達は結構動いて、
選挙運動の時のような行動をしていた。
この年代の人達の特有の脂ギッシュな雰囲気、そして、にこやかだけども、
本心は一票としか人を見ていないような感じ、
身近に政治を感じてもらおうとする、こういう催しはいいと思うけども、
その後の本チャンのワークショップの感じも含めて、
政治は閉じているなぁ、という印象。
そして、「ガッキー」という声に、一般の人に対しても唖然とする印象をもちました。
そんなミーハーな感じな人や報道関係以外は、身内の人達のようで、
そんな一見さんお断りな雰囲気が多少ありました。

ワークショップにて

ひと通りのメニューをこなし、テレビで見る顔の方々も引き上げ、
後目立つは石破さんだけのようになり、人も少し引いて、そろそろ落ち着いたかなという所で、
時間は1時前。大学ワークショップまでに1時間ほどあるので、
政権奪回なんとか、というワークショップを覗くも
白い布張りの机にスーツな人達という空気に、即撤退。
近くのマクドで、コーヒー飲みながら文庫で時間つぶし。

大学ワークショップもそんな感じなら、引き上げようと覗くと、
机席には大学生らしき年齢の人達が詰まって座っている。
少し違和感を感じつつも、補助席に座る。
会場は合計50名ぐらい入っていたか、結構イッパイ。
小学生らしき女の子もいて、少し驚く。
配布資料あり。A3かなり厚い。文科省の数値データらしいが、ほとんど使わず。

ワークショップ開始。

石破さん(冒頭10分のみ)の話、その後、
シモムラさん、ホリさん、カワムラさん、コサカさん、イシイさん、ウエノさんと話続き、
ハセさんの仕切りで参加者の意見をつのる。
ハセさんの雰囲気に、あっけを取られる。何とも浮世離れした感じというか、
デカイ声と問答無用な感じの仕切り方、
インテリ武闘な若頭、少し宗教も入っているかも知れない空気。
手を上げるのが遅いと即スルーな感じに、何とも言えない気分になりました。

石破さんの学問に対する理念的な話、
シモムラさんの現状に対する大きな枠組としての問題認識の話は
それなりに理解でき、その他の方々も一般的に理解できる部分もありつつ、でもしかし、
「大学では勉強した記憶がない」とか、「体育会での経験が…」とか、
このワークショップに相応しくない発言が続き、暗い気持ちになりました。

質問は大学生を優先して、ハセさんが当てていく。結構人が挙手をして、割合としては
学生:一般=7:3ぐらい。
大学生は学生らしいなと感じる意見。しかし、これを政策に持って行くには、表面的な印象。
質問的な意見には議員さんからの回答があるも、モヤモヤした印象の回答。
ウエノさん、イシイさんは結局ただ座っていただけでした。

もっと議論したいと思っていた参加者は結構いるんじゃないかなと思いつつも、
時間的な制限も現実問題としてあるだろうし、なかなか難しいのかも知れませんが、
ワークショップ自体の進め方にも問題があるように感じました。

特に議題を明記すること無く、取りあえず、学生の意見を聞く。
別にそれなら、掲示板でいいわけで、
例えば、議題として、
こういう方針で人材育成を考え、その実行のために具体的にはこうしようと思います、
しかし問題点は…、
てな感じでマニフェストなり方針を上げて
それに対しての意見をもらうとか、
参加議員の考えに対して、
疑義や意見のある人を、さらに小集団に分けて、そこで議論するとか、
もう少し有意義になるやり方はあるだろうと思うのですが、
今回は形式的なワークショップと印象でした。

そもそも大学生がこれだけまとまって、事前にそれもスーツで着席していること。
封筒の配布資料も持っていること。
ハセさんから大学名と名前を呼ばれて指名されていた人もいること。
帰りに集団で、リーダー的な人に連れられていたこと。
大学名がそれなりに有名所で文系ばかりだったこと。
そんな事も考えると、彼らがサクラのようにも思えますし、そうなれば、
対外的なアピールだけの形式的なものだったのかなとの邪推も働きます。

大学教育を考えるなら、現役の学生だけでなく、やっぱり、
幅広い人の意見があるべきじゃないかなと思います。
大学教員(っぽい人もいました)、ポスドクの人(っぽい人もいました)、会社側の人、
留学生、海外大学の先生、高校の関係者、役所の人間などなど。
そういう意味でのワークショップなのかと思っていたので、この雰囲気は残念でした。

また、大学ワークショップは比較的入りやすかったのですが、
その後に少し興味があった、「公共事業が日本を救う」という会には、
参加層の顔見知り感に、怖気付いて、逃げてきました。

一般参加型の催しは広くやってもらいたいものですが、
実際に外部からこうやって参加すると、
その内向きな雰囲気というか、硬直した組織で外部を受け入れない雰囲気というのは、
やっぱり表面的なものではぬぐいきれないのではないかなと思います。

大学教育に関しても、党内の部会で色々と考えられているようですが、
教育問題は、それだけでとどまるのではなく、その先に、どう活躍して、どういう影響を世間にしめるのか、
そういう広がりを持ったものだと思います。
大学生の就活問題にしても、根本的には解雇規制が影響しているとの意見も聞きます。

結局は、組織としての国をどう進めていくのか、そして、そのためには、何が必要なのか、
その中で教育なら教育がどうなされるべきなのか、
組織論やマネジメント論でみかけるものの応用だと思っているのですが、
今日ちょっとだけ触れた印象では、どうも政治というのは、そういう単純なものではなさそうです。

多少は議論的な事をして、刺激を受けて、明日以降の活力を、と考えていたのですが、
そういうロマンティックな考えは、現実社会ではなかなか受け入れてもらない無いものですね。

また、だらだらと駄文をば失礼。


2010-12-18

ユーフラテス展 ギャラリートーク2 に行ってきた。その1
インプレッション

東京銀座のgggで開催中のユーフラテス展。その付随イベントのギャラリートークに行ってきました。

いつもこういうイベントに行っては、メモって、ブログにまとめようと思っているのですが、
ちゃんと書かないとなぁ、その量を考えて、逆に気が重くなってしまって、
書きたいネタだけが段々とたまっている状況です。
細かい部分も書いておきたいけども、
今日はとりあえずの簡単な感想だけでも書いておこうかと思います。

トークの流れとしては、
ユーフラテスの簡単な紹介から始まって、現メンバーの6人と予定新メンバーの個々のトーク。
各人はこれまでの作品と研究テーマの紹介。

予定時間の1時間以上オーバーと、多少のグダグダ感はありましたが、
ユーフラテスの各人の雰囲気とか、作風とかが見えた事、
それと、作品制作の流れが興味深ったので、文章としてまずは感想をまとめておきます。

彼らの特徴としては、”研究”が作品制作のスタート地点になっている事のようです。
クライアントワークも、自分たちのプライベートワークからの発展が多いとの事。

また、研究テーマも各自の面白さの理由を考えていき”言語化”する事を一つの目標にされているようです。
これは佐藤雅彦さんの影響が大きいのかなと思います。
そのテーマも映像に直接関係しているというよりは、
現代アートのネタばらしを聞いて、ハッとするような、また、
よくデザインされた製品をみた時や、
なるほど~、と感嘆するような、
そういう感覚の理由に興味を持たれているようです。

脳科学や理科の実験や、一見映像とは直接関係しない物を映像作成のヒントに使っていること、
こういう話を聞いて、思い浮かべた事は2つ。
横井軍平さんの枯れた技術の水平思考と、異文化交流。

理科の実験を改めて映像化する、なんて、まさに枯れた技術の水平思考だし、
他の分野で使われている常識的な事が実は、別分野ではスゴい発見のように見られる、
これは良く聞く話で、彼らの場合は、ヒントやインスピレーションを映像にしていく。
イデアの工場も、工場の動きの面白さをヒントにブラッシュアップして映像化している。

研究をしていること、異文化交流をしている。
映像制作グループの話というより、
何処かの開発主体のメーカー系ベンチャー企業の話にも聞こえました。

見せてもらった映像の中には、映像というだけではなく、
今日日のインターフェースの研究にも通じるものがあって、
ゆくゆくはそういう方面からも声がかかってくるだろうな、と思っています。

現在の研究は映像を作るためのようですが、
そのテーマや視点が、感覚的な映像表現の枠から
もっと大きく俯瞰的な位置にあるので、
そのような広がりがあるのだろうと思います。

ただ、それだけの広がりを持っていることに、
彼ら自身は気づいているのかな、と思える発言もありましたが、
そこは意識して、映像表現だけではなく、
もう少し広い分野へも事業分野を広めていってもらいたいなあ、と、
そして、そういう彼らを見てみたいと思います。

ピタゴラスイッチや0655、2355、少し前に開催された『これも自分と認めざるをえない展』など、
佐藤雅彦さんが中心となっているものを見ると、
ネタばらしの時に、ハッとする事が多いです。
こういう視点で映像や作品を作らているからなのでしょうが、
こういう感覚は映像だけでなく、現代アートでも感じますし、
工夫された製品やデザインの中にも見られます。
何か共通項があって、それを何とか形容詞が付けられるように、
言語化を研究テーマにされている。
映像を軸にしているものの、その共通な何かをヒントにしているから、
その映像にも強さがあるのだろうと思います。

短期的な目標設定で、最近軽視されてしまいがちな、哲学というのか、
時代が変わっても通じる核があると強くなる一例。
そんなところでしょうか。

科学的な裏付けもされているようで、
そういう活動から、映像に対する気持良さやゲームの面白さが
定性的定量的に解明されていく事へも期待したいです。

ダムタイプのようなアート志向ではないかも知れませんが、
ダムタイプの結成当時の感じって、実はこんな感じだったのかも、
ちょっと思ったりもしました。

あと、面白さ解明へのヒント、個人的な回答の第一歩は、
なぞかけ、かなと思います。
ネタふりと解、そのギャップとなるほど感、カタルシス。
映像、現代アート、製品やデザイン、どれも、
これまでハッとしたものは、その枠組で考えられそうには感じますが、
さてどうか。