2010-11-19

明治神宮でお祓いを受けた:その1

腰痛で苦しんでいる友人の誘いで明治神宮にお祓いに行ってきた。

腰痛なんだから、腹筋を鍛えるとか、姿勢を意識的に気をつけるとか、
医学的、科学的な方向で改善を目指した方が良いと思うのだけど、
彼の実家でも、霊的なものに原因をみているようで、
盛り塩とか、氏神様にお参りとか、
ちょっとどうなのか、と疑問に思う方向での改善を進めているよう。

僕としては そういう効能に対して疑問を持っているけども、少し興味もあったので付いて行った。

お祓いの流れ
メトロの明治神宮前駅から入り口はすぐだったけど、そこからが結構遠い。
夕方、大分と鬱蒼とした感じになった中、かなり歩いたと思う。
受付で何かを記入するらしい事は、事前にネットで調べていたので、受付をまず探す。
「お祓いはこちら」みたいな看板を発見。
近代的で立派な建物。自動ドア。
巫女さんに確認。
いろいろある用紙の中から、厄除け用に記入する。
住所と氏名に、ひらがなでふりがなを書く。「ひらがな」でとしつこい感じに説明してある。
少し気になったが、後で理由が分かった。

お祓いは30分おきに行われているようで、
その時間までに申し込んだ人が一緒になって、お祓いを受ける。
記入した用紙を巫女さんに渡す。厄年の確認をして、お祓いの内容を決めていく。
費用というか、お布施は5000円から、1万円を超えると、お札に名前を書いてもらえるらしい。
上限はいくらだったか、結構するものだと思った。
友人は金のない中、1万円、僕は取りあえず5000円。

待合スペースは少し階段を上がるようになっていて、
そこの神主さんのような人に申し込み用紙を渡す。
ちょうど時間だったので、お祓いの会場に案内される。
かなり広いスペース。何百人も一気に入れそうな広さ。
(帰りにもらったパンフレットでは800人まで入れるみたい。)
でも、今回はすでに3名、計5名でのお祓い。

神棚というのか、舞台というのか、そこには大きな太鼓とか、いろいろそれっぽいものが配置されている。

男性一人がイイ声で開始を告げる。最初に、「お祓い棒」でお祓いされる。
その際、頭を垂れるように言われたようだけど、よく聞こえず、周囲をみて、真似をする。

巫女さん登場。かなりのコスプレ、と思うほどの衣装。
何かを備える。動きは、こういう場に相応した仰々しい感じ。

神主さんか、他の人とは少し違った上級職のような人が登場。
これまた仰々しい感じで神棚に向かう。
ここでお参りなのか、イイ声で始まる。
神様にお祓いをお願いする文言の中で、参加者の住所と氏名が呼ばれる。
申し込み用紙に記入したふりがなの理由に納得する。

お参りが終わると、巫女さん×2と一般職的な男性が3名ほど登場する。
太鼓の前に座り、笛の準備をする。
舞台の照明が上がる。
太鼓、笛の音と共に、巫女さんの舞が始まる。

ひと通りの舞が終わると、一般職の人が、こちらに二礼二拍手一礼を促す。
全員で一緒に行う。

儀式は以上で終了。
帰り際に、御札と粗品をもらう。
家で確認すると、羊羹、お神酒。お布施が大きいと、盃が付いてきたり、羊羹が大きかったりする。

外に出ると、かなり暗くなっていた。
閉門の時間のよう。
絵馬を眺めていると、警備員さんに声をかけられ、仕方なく引き上げる。
絵馬の内容、結構面白い。不謹慎かも知れないけど。

とりあえず、お祓いの流れはこんな感じ。
5000円は痛かったけども、意外と考える事があったので、
次回にそれをまとめてみようと思う。



2019/10/20追記:

次回とは…。

10年近くが経ち、すでに下書きのメモ書きの意図が分からなくなっている…。
以下、そのコピペ。


お祓いを受けて
友人の腰痛を治めるために明治神宮にお祓いに行ってきたわけだけど、
効能は置いておいて、お祓いという儀式自体を受けて、
勝手に思ったことをつらつら書いてみる。

価格帯について
お賽銭でもそうなのだが、神社に対してお金を納める事について、
価格帯の理由について、不思議に思った。
一般市民としては、結構高く設定されているように感じた。
価格が高いと、やっぱり効果を期待してしまう。
ましてや、5000円と1万円で、御札に名前を書いてもらえるというオプションが付くと、
ありがたみというか、自分に対しての効果が大きくなるように感じる。
お賽銭も大きなお願いの時は、奮発してしまう事がある。
お金をある程度払っているんだから、何か良い事があるはず、あってほしいという、
心情を、上手く使っているなぁ、と感じた。

舞台芸術としてのお祓い
気持ち
振付の意味
最初に考えついた人
何をもってこういう形式になったのか
霊的な存在
2次元に対する3次元のように、4次元は認識できない。
ソフト的な存在
自分の意識とは


2019/10/20の追記ここまで。



     

2010-11-05

『レッドライン』を観てきた
7年かけた作画に見合うだけのドラマが欲しかった…



  小池健さんの初映画監督作品『レッドライン』を観てきました。小池さんと言えば、『パーティ7』のOPアニメスマアニメ3本『アニマトリックス』の『ワールドレコード』が有名なところですよね。分かりやすい画と独特な構図で、でも、気持ちいい動き。どれも短編ですが、作画のテンションは非常に高くて、注目のアニメーターでした。

高いテンションの映像だけど…
  入場が遅くなったせいで、導入を見れずに多少イライラしながら、椅子に座ってしばらくして始まった冒頭のレースシーン、段々とテンションが上がってきます。小池さんらしい感じの動きで、ブースター(?)が入った辺りからトランスチックな音楽も相まって、盛り上がって来ます。金田伊功さんとも、板野サーカスとも、また違った動きの気持よさ、ミサイルもカッコよく、これを求めていたのだよ、内心ニヤケながら画面に食い入っていました。ただ、今石洋之さんらしい動きも散見しましたが、どうも今石さんの動きは、ちょっと違う感じがしています。これは好みでしょうが…。

ドラマのなさ
  冒頭レースが終了し、一息つくと、色々とトーンダウンします。次の本チャンレースまでのしばしの休息的なドラマシーンが続きますが、これがどうも入っていけない。JPとソノシーの絡み、JPとメカニックの絡み、ロボワールドの動き、その他出場レーサーの紹介。とりあえず、繋げましたという感覚で、どれも深みを感じられず。話として、ここで説得力が出なかったからでしょうか、最後のレースにもイマイチ乗れない。最後のレースも個々のカットをみれば、よく動いているのですが、繋がりが上手くいっていないようでした。テンポは悪くないのですが、カットが飛びすぎているように感じました。ファンキーボーイやボルトンも結局、どうなったのか、説明がないまま。

脚本が悪いのか
  こういう説明の曖昧さや説得力の無さは、脚本がしっかりしていないからなんじゃないかと思っています。スタッフロールを見ると、「構成 榎戸洋司」、「脚本 石井克人 榎戸洋司 櫻井圭記」となっています。これまでの作品を思い返せば、榎戸さん、櫻井さん共に、実績があると見えます。ただ、各人がどの程度絡んでいるのか、最終的に誰がどの程度手を入れているのか、そこなのかな、と。おそらくは石井さんが取りまとめているように感じますが…。

石井克人的なキャラクター
  「© 2010 石井克人・GASTONIA・マッドハウス/REDLINE委員会」となっていることもそうですし、「企画原案 石井克人」、「原作・クリエイティブディレクター 石井克人」、「音響監督  石井克人」と石井さんづくしです。確かに、冒頭の子供と父親のやり取りのウザさ、泣いている軍人デイズナ弟とか(殺し屋1か!)、スーパーボインズとか、観ていて痛いキャラクターが結構います。トラヴァとか言われても、知っている人はかなり少数なんじゃないでしょうか。僕の知らないスターシステムが他にも採用されているようにも見えます。
  こういうキャラクター設定を面白いと感じられれば、映画自体も楽しめると思います。ただ、やはり、奇を狙ったキャラクターはよっぽどでない限り、作品の中で生きないと思います。石井さんが監督された過去の作品は幾つか観ていますが、似た様な感想を持ちました。オフビートな笑い、なんて言っていたように記憶しています。ですが、僕にはハズしていると感じました。
  それともう一つ、何処かのネット記事で、「音響は石井さんにお任せしました」との小池監督のコメント読みました。声の演出、演技もキャラクターを深める意味で大切な要素です。声の演技は、全身を使った演技とまた違ったものです。有名な俳優が声優をやっても、何か違和感を感じるのは、その差を埋められていない場合でしょう。声優は声だけゆえに、その技術は演じ手のオーラだけでは誤魔化せないものかと思います。JP役の木村拓哉さんにしても、フリスビー役の浅野忠信さんにしても、今回の演技は不満が残るものでした。そうならない様に演出側で何か出来なかったのかなぁ、とも思います。

最後のダサさ
  キャラクターに対して、引っかかりが多かった中、これは個人的な好みかも知れませんが、ヒロインのソノシーは魅力的に写りました。声を演じた蒼井優さんには違和感を感じなく、絵柄もかわいい上に、風呂上りのリラックスシーンもあって、彼女には満足しました。
  途中、JPの回想シーンで少しずつソノシーへの想いが見えるくだりは、深みが無いものの、悪くないなぁ、と思いました。が、JPと同乗して以降の、ベタベタした感じはいただけません。そして、エンディング直前のお約束的なカットとキャプション…。映画は最後のシーンでその作品自体の印象が決まってしまうのに、スタイルリッシュなオープニングタイトルに対して、非常に残念なラストカットでした。

バランスの悪さ
  期待が大きかったので、見終わって直後は、少し落ち込んでしまいました。7年という時間を聞いていたので、余計にそう思ったのかも知れません。鑑賞してから、少し経ちます。なぜ、こうなっているのか、少し考えてみました。一言で言えば、バランスの悪さなんだろうと思います。話の薄い密度の割にキャラクターの数が多い事や、本筋のレースを派手にしたい作者の気持ちに対してその必然性が薄かったり、キャラクターの濃さに対して、それが上手くストーリーに生きていなかったり説得力がなかったり、レースシーンの作画の密度に対してドラマの薄さとか。力をかけている部分と、安直にやっているように見える部分が、はっきりと見えてしまうと、こうなってしまうのかな、と思います。

音楽のカッコ良さ
  作画のテンションはレースシーンになると格段に上がります。が、激しく動く作画に合っている「音楽 ジェイムス下地」がテンション上げに非常に大きく寄与していると感じます。予告編を初めて観た時に、映像もさることながら、音楽が良いなと思いました。トランスというのか、ちょっとオシャれな感じの音楽。リズムを少しずつ上げていく高揚感。後半のレースシーンでは、映像とのシンクロ率が下がって、というか、映像側の統一感が崩れてしまって、冒頭レースほどに乗れなかったのですが、サントラは単体CDでも買いかと思います。

『走る男』なのか
  映画の終盤、チャンピオンとのタイマンシーンがあります。チャンピオンのマシンヘッドやJPのスピードの限界を超える、という感じの表現が川尻善昭監督の『迷宮物件』の『走る男』に似ているな、と感じました。こちらはレースやスピードをストイックな感じに表現しています。ストーリー的には良く見えない部分もあります。しかし、スピードを求める男の狂気が燃える車に上手く表現されていて、印象に残るものでした。何処かのインタビューで小池監督は川尻さんの名前を何度か出しています。ひょっとすると、少しは意識されているのかな、と思ったりもします。

注力すべし?
  しかし、今回は色々とまとめきれずにバランスを欠いた作品になってしまったようです。キャラクターの数も減らし、ストーリーも散漫にならないように、メインストーリーに絞って、深みを出して欲しかった。作画に対する情熱を脚本や演出にも分けて頂きたかった。稀有な才能、でも、それが作品に生きるようにして欲しい。金田伊功さんが『バース』を監督した後、ジブリに移った事について、ご自身の作画を生かせる演出を求めた、と仰っと聞いたことがあります。小池さんにとっての石井さんが、金田さんにとっての宮崎さんと言えるのか、演出として学べるものがあったのか、悲観的になってしまいます。


でも、期待しちゃいます
  国内での興行結果もですが、海外での評価によって、次の可能性が高くなるかも知れないです。むしろ、海外受けしちゃうかも知れません。次、期待したいです。また、7年とか、8年とか、かかってしまうかも知れませんが…w

ちょっと映画館の事も
  観たのは映画の日で、ヒューマントラストシネマ渋谷にて。この映画館初めてだったのですが、人通りの少し落ち着いた場所にあって、ビル自体もオシャレで、好きな感じです。これまで何度か通りは通っていましたが、気づいていませんでした…w。でも、同じビルのテナントも良い感じで、特に、『factory OUTLET』はもっと人が集まっても良いのに、と思うぐらいセンス良さ気な雑貨が沢山ありました。
  そんな風に周囲が見れたのも映画終了後で、何だかんだのバタバタで、結局、映画館では最初の数分が観れませんでした。後日、偶然ツタヤで無料のプロモーションDVDを発見して、それでフォロー出来たと思っていますが。

  広告ですいません。サントラはいい出来のようです。たぶん、僕も買います。どこかで試聴が出来るといいんですけどね…。

        

2010-11-02

佐藤雅彦ディレクション
『”これも自分と認めざるをえない”展』 を体験してきた
その3

前回の続き。

  展示会自体も明日で終り、だったかな。最終週は開館時間を延長されたようですね。こういう内容のブログは展示会が始まった時の方が良いとも思ういつつ、でも一方で、恒久的に残りうるとも考えていて、どこかの誰かが参考になり、何かになり、してくれたらなぁ、と期待している訳ですが、さて、どうでしょうか。
  ま、中途半端になってしまうのも何なので、とりあえず。

16.After Image
  大きな写真が2枚。右手の手首から肘までの間がなくなっている初老の方。手首から先の姿勢が2枚では少し違っている。
  力のある写真だと感じました。モデルになっている方は肘から先を事故で欠損されてしまったそうです。その方にインタビューをして、幻肢がどのような状態なのかを聞き取り、CGにて後から合成をしているそうです。ただ合成して、欠損部分全てをCGで再現するのではなく、手首から先のみを再現していることで、初見の違和感だけでなく、モデルさんの視線の強さも相まって、語りかけられるように感じました。あまり立ち止まってみている観客がいなかった事が少し残念でした。
  
17.Home of the Heart I
  床面が4mぐらいの四方でコンクリートがむき出しになっている。そして、その中心に、いくつかの穴の開いた直方体のコンクリートの塊が置かれている。一見するとコンクリートだが、穴の位置や大きさ、表面の状態などと観察すると、人間の胴体を抜き取った形状になっている。
  前の『After Image』と同じく、あまり人が注目していなかったように思います。どちらも佐藤さんの名前が制作者に入っていないので、雰囲気が他ものとかなり違うようです。しかし、これもよくよく見ていると、どうやって作ったのかな、とか、型取りしている風景を想像してクスリとしたり、とか、考えを巡らせていくと面白い作品だと思います。いつもは表面として意識している体が内面になってしまうと、分からないものですね。


18.2048
  透過性のスクリーンの前に、小さい机。指揮者が使うような大きさ。そこに覗き窓。音声にしたがって覗き込むと、認識しましたとの音声。すると、スクリーンに映し出される眼のような同心円。円は01の列。音声の指示で、机に設置された黒板消しで、スクリーンをなぞると、消える01の同心円。音声で、「しかし、まだ、あなたです」というようなアナウンス。もっと消していくと、「もうあなたではありません」と音声。入場前に登録した虹彩の情報を使ったインスタレーション。
  虹彩情報というのは、日々の体調によって実は変わっているそうです。しかし、個人認証としては、その体調による振れ幅を吸収してしまうほどに情報量が多く、多少の欠損があっても個人認証が出来るそうです。スクリーンに映し出された01の列は、おそらく虹彩情報から生成した01列だと思うのですが、思った以上に消しても大丈夫なことに驚きました。生体情報の特に強い情報量をもっている虹彩を使って、まさに、その強さを明示的に表現したものでした。
  
19.MICHELLE: FIND THIS MAN
  順路通路の途中、真中に、江戸時代の掲示板のように写真のような、写実的な、外国人の顔が貼り出されている。キャプションに「FIND THIS MAN」とある。
  解説を見て、面白さが分かった作品でした。作品の肝となる顔は、実は切り貼りで作ったコラージュ。そして、各部品は、凶悪犯罪を起こした犯人の要素らしいです。それらを組み合わせて、最強な犯罪者を作っているそうですが、実際には、その顔の人間は存在しない。凶悪犯罪者というイメージが強調されて、レッテルのような顔になっているけれども、実際には存在しない。そんな顔のミシェルを探せ、と言っている。現代芸術的ですが、こういうの好きです。しかし、皆さん見事にスルーされていました。大竹伸朗というだけでも、足を止めても良いと思うですが…。


20.トポグラフィカル・アナロジー
  白黒の写真が4枚。どれも解体前の建物の壁やカーテンを写したものらしい。傷やほころびなど、日常的に使われていた感じが残っている。
  遠目から見ていると、鉛筆のデッサンっぽく見えていたのですが、写真とのこと。まっ更な状態ではなく、使われていく中で付いていく汚れや傷、そこからそこでの生活を思い浮かべて、という作品らしいのですが、いまいちピンと来ませんでした。確かに、どういうように使われているかが、その結果から分かるというのは、そうなのですが、僕には面白みを見いだせませんでした。

21.新しい過去
  タッチパネルで名前と好きな食べ物を平仮名で入力する。そのタッチパネルの奥に、古い感じの机と椅子がある。机の上には、テープレコーダ。椅子に座ると、スイッチがガチャ!と入って、巻き戻し。再びガチャ!で再生。幼い子供の声で、自分の名前や好きな食べ物を使った音声日記。
  整理券などなく、とりあえず人が並んでいました。1時間ぐらい待ちました。作品名にあるように、自分が経験していない過去を聞かされて、さて、どうか、というものですが、自分の名前が呼ばれても、これはあまりグッと来ず。自分の声や映像が使われていれば、かなり印象は違ったかも知れませんが、それは技術的に難しそう。

22.佐藤雅彦さんに手紙を書こう
  タブレットの上に紙をおいて、ひらがなだけで佐藤雅彦さんに手紙を書きます。原稿用紙一枚ぐらいの量。キャリブレーションのような、チェックマークを書いたり、ペンの置き位置に注意したり。書き終わったら、ポストに投函する。そして、帰りの出口前に、佐藤さんからの返信が届いている。
  これも見事にヤラれた作品でした。タブレットを使っている時点で分かる人には分かると思うのですが、実際にペンで紙に字を書き、それが目の前にあること。そして、実際にポストに投函する。この二つの作業が、返信に対して、勝手なイメージを作っていました。説明員の人に、「本当にすぐに返事が来るんですか?」と聞いてしまいました。行為と結果の連続性というか、自分の行為から結果を想像する際、今回は見事にミスリードしていて、ヤラれた感満載でした。手品と同じですよね。視点や注目をそらす方法。



とりあえず、まとめらしきもの
  個々の感想は皆んなそれぞれ、違うのでしょうが、キュレーターや佐藤さん自身の解説を聞きながら体験できるとまた違った印象になると思います。よく、「作品の解説はしません、鑑賞した人それぞれで感じてもらえれば」なんていう方もいらっしゃいますが、僕のように感度が弱い人にとっては、解説があった方が楽しめるだろうし、そこからの深みも出てくると思います。特別講義を受けても感じましたが、佐藤さんは非常にサービス精神の旺盛な方なのでしょう。それなりに観客に納得してもらいつつ、でも、いじわるな部分もあったり、そこもサービスなのかも知れませんが。海外の方が鑑賞され、感想を知人の方に「スマート」とおっしゃっていたのが耳に入りました。まさに、スマートな展示会で、それなりに、スマートに鑑賞して、面白みや楽しさに深みが出る展示会だったと思います。